物心ついた時から、「色んなこと」を「感じて」いました。
視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚を五感といいますが、もうひとつ、そのいずれにも該当しない感覚を「第六感」といいます。
誰もが持っていて、必要に応じて感じることができる感覚で、私も漠然とながら、当たり前にそれを感じながら過ごしてきました。
「漠然」というのは私の第六感は、いわゆる「霊を視る」という分野には向いていないようで(強いものがある場合には、「感じて」しまいます)、巷でいうところの「霊感」に当てはまらないため、
長い間第六感だと気付かなかったからなんです。
いわゆる幽霊の状態(最近は残留思念という考え方がメジャーですが)というのは、物質がない状態で思念が凝り固まっている状態なので、
よほどの根性がないとその状態を保てません。
ホラー映画のような怖いお化けになるには、その人に、ものすごく「なる気」がないとダメで、大抵の普場合は、吹けば飛ぶような儚い存在になっていきます。
最近わかってきた私の得意分野は、生身の人間。生きているもののエネルギーを感じること、お化け的な言い方をすれば「生き霊系」となります。
この第六感ですが、何度も言うように誰にでもあります。大抵は忘れているか、閉じているか、あるいはその感覚を無意識に感じないようにしているだけです。
レイキ・セミナーは、その第六感を呼び覚ますひとつのツールとして有効ですが、誰でもそうしたいと思った時点から、この感覚を思い出してゆけると思います。決して特別な能力ではないのです。
ずば抜けた運動能力を持つ人、芸術の才能、発明の才能と同じように、霊感にも生まれ持った資質(要は向き、不向き)はあるかもしれません。
でも、優れた能力者が、素晴らしい人格を有しているとは限らないように、第六感が優れていても、人生を見る視点が幼稚で、人間関係を円滑に保てない場合には、大いに問題があります。
お化けも生き霊も、心身が整って健康である人には、それだけで寄り付くことはできません。過度の恐怖は不健康さの現れです。
大切なのは持っている資質でも前世の姿でもなく、どのくらい前向きに、真剣に、大切に、物質世界を過ごしていくかだと思います。
メーテルリンクの青い鳥のように、多くを学び、スピリチュアルな部分を開いていっても、結局は自分自身へと還って来ます。
全ての答えは、はじめから自分の中にあります。
アロマセラピーを含む自然療法は、人が深く深く、忘れてしまっているものを思い出すための、ツールであり学びの1つです。